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ドン・ジョヴァンニ(その2) [オペラ]

ドン・ジョヴァンニ」がプラハで初演された1787年当時、ハプスブルグ家の支配領域
(ハプスブルグ君主国)における主要な都市の人口は次の通りであった。

注:『オーストリア』が正式な国名となるのは、ナポレオン戦争(1803年 - 1815年)開始後の1804年からです。
フランス革命を受けたナポレオン帝政の出現で、中世以来の神聖ローマ帝国は名実ともに消滅し、
ハプスブルク家は、事実上の国家を形成していた中東欧に広がる支配領域(ハプスブルク君主国)をもって
「オーストリア帝国」を形成するのです。

ウィーン(当時の郊外を含む):約30万人(現在の人口:約170万人)
プラハ:8万人(現在人口:120万人)
ブダペスト(ブダとペシュト合わせ):5万人(現在人口:170万人)

因みにモーツアルトの生誕地ザルツブルグは、当時はザルツブルグ大司教領の首都であり、
人口は1万6千人であった。モーツアルトは25歳の時にウィーンに転出している。
現在は首都ウィーン特別区を除いて合計で8州あるオーストリア共和国の州のひとつである、
ザルツブルグ州の州都。現在人口約16万人。

日本に目を向けると、当時の江戸の人口は100万人を超え、世界一ないしはそれに匹敵する規模で
あったと推定されている。

音楽・芸術に造詣が深い啓蒙専制君主であるヨーゼフ2世(神聖ローマ皇帝、オーストリア大公、
ハンガリー王、ボヘミア王)や僧侶、貴族の庇護を得て、多彩なオペラや音楽が、更には、
多様な芸術がウィーンの宮廷を中心として豊かに花咲き誇るのである。


ウィーン文化の特徴はゲルマン、ラテン、スラブの諸民族の混合文化であることがまず
挙げられ、こうした異文化の融合がウィーン文化の進歩と発展をもたらしたのである。

ウィーンは重厚なバロック的・貴族的なものから徐々に自由・軽快な市民的なものにその雰囲気を
変えつつある時代でもあった。又、啓蒙思想の浸透とそれに基ずく政府の諸改革は、文化生活にも
大きな変化を与えるが、この時代にはまだ文化の担い手は宮廷、聖職者、貴族、上級市民であった。

この年(1787年)初期産業革命がハプスブルグ家支配領域でも、まずは
ウィーンから始まるのである。(英国では1760年代に産業革命が始まっている。)

31歳のモーツアルトがこのオペラを初演した時代に生き、モーツアルトと直接・間接的に
関係のあった人物のこの年1787年時点での年齢は次の通りである。

ベートーヴェン(ルートヴィヒ・ヴァン・ペートーヴェン):17歳
ゲーテ(ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ):38歳
ハイドン(フランツ・ヨーゼフ・ハイドン):55歳
C.P.E.バッハ(カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ):73歳
グルック(クリストフ・ヴィリバルト・グルック:73歳にてこの年(1787年)11月昇天
サリエリ(アントニオ・サリエリ):37歳
シカネーダ(エマヌエル・シカネーダ):37歳
ダ・ポンテ(ロレンツォ・ダ・ポンテ):38歳
ヨーゼフ2世(神聖ローマ皇帝/オーストリア大公、ハンガリー王、ボヘミア王) :46歳
マリーアントワネット(ヨーゼフ2世の妹。フランス国王ルイ16世の王妃):32歳

尚、モーツアルトと個人的関係はないが、ナポレオン・ボナパルト(後にフランス皇帝)は当時18歳であった。
1789年に勃発するフランス革命は、1799年ナポレオンがクーデターを起こし終結させ、ナポレオンの時代が始まるのである。
ナポレオンはゲーテの「若きウェルテルの悩み」(”Die Leiden des jungen Werthers” 1774年刊行)を
生涯に7度も読んだとのこと。


1787年におけるハプスブルグ家所領は次の地図の濃い灰色
部分です。(クリック拡大)
Political_Europe_1800s2.gif
注:当時、ミラノ(ロンバルディア、イタリア)も神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世の支配下に
おかれていた。又、ハプスブルグ家に属するレオポルド1世がトスカーナ大公として
君臨していた(在位1765年~1790年)。


では、このオペラの主な登場人物を確認しておきましょう;
尚、場所はスペインのとある街。

① ドン・ジョヴァンニDon Giovanni: 好色な貴族(バリトン)。仏語では「ドン・ジュアン」(モリエールの戯曲)。
                       スペイン語ではドン・ファンDon Juan
② 騎士長Il Commendatore: ドン・ジョヴァンニに殺害される(バス)
③ ドンナ・アンナDonna Anna:騎士長の娘(ソプラノ)
④ ドンナ・エルヴィラDonna Elvira:ドン・ジョヴァンニに捨てられた貴婦人(ソプラノ)
⑤ ドン・オッターヴィオDon Ottavio:ドンナ・アンナの婚約者(テノール)
⑥ レポレッロLeporello:ドン・ジョヴァンニの従者(バス)
⑦ マゼットMasetto: 農夫。ツェルリーナの花婿(バス)
⑧ ツェルリーナZerlina:マゼットの花嫁(ソプラノ)



第一幕第5景:
騎士長邸より逃れたドン・ジョヴァンニとその従者レポレッロは夜が明ける頃一人の貴婦人を
街角で見かける。

ドンナ・エルヴィラが自分を捨てて去っていったドン・ジョヴァンニを恨んでアリア
「あァ、誰が教えてくれるの」"Ah, Chi mi dice mai" を歌う:
 
ドン・ジョヴァンニとレポレッロはこの様子を覗っている。ドンナ・エルヴィラであるとは
気がついておらず、どこかの貴婦人が嘆いているものと思っている。

聴きましょう。。。
ドンナ・エルヴィラ Donna Elvira:ジュリア・ヴァラディ Julia Varady
(ドン・ジョヴァンニ Don Giovanni: サムエル・レイミー Samuel Ramey)
(レポレッロ Leporello: フェルッチョ・フルラネットFerruccio Furlanetto)
ウィーン・フィルハモニー楽団 Wiener Philharmoniker
指揮ヘルベルト・フォン・カラヤン Herbert Von Karajan


DONNA ELVIRA:..................................ドンナ・エルヴィラ

Ah, chi mi dice mai...............................あァ、一体誰が教えてくれるの、
Quel barbaro dov'è,...............................あのひとでなしがどこにいるか、
Che per mio scorno amai,......................彼を、恥ずかしいけど、私は愛してしまったの、
Che mi mancò di fe?..............................彼は私に誠実ではなかったということ?

Ah, se ritrovo l'empio..............................あァ、あの不実者を見つけたら、
E a me non torna ancor,.........................そしてそれでも私のもとに戻らないなら、
Vo' farne orrendo scempio,.....................彼をひどい目にあわせてやるわ、
Gli vo' cavare il cor.................................彼の心臓を引き裂いてやるわ。




自分が捨てたドンナ・エルヴィラとは知らずに誘惑しようととしたドン・ジョヴァンニは
ドンナ・エルヴィラに徹底的に恨みつらみを言われ、この場はレポレッロに委ね
退散するのであった。

レポレッロは予てよりドン・ジョヴァンニの女性遍歴を書き留めてきた目録を、慰め顔に、
ドンナ・アンナに示しながら、アリア「カタログの歌」”Madamina, el catalogo è questo"
(愛らしきご婦人、これこそ目録です)を歌う;

レポレッロ Leporello:フェルッチョ・フルラネット Ferruccio Furlanetto


LEPORELLO:........................................................レポレッロ

Eh! Consolatevi;.....................................................まあまあ、落ち着いて;
non siete voi, non foste, e non sarete.......................あなたはないし、なかったし、またないでしょう、
né la prima, n´ I'ultima. Guardate:............................最初でも最後のご婦人でも。ご覧下さいな;
questo non picciol libro è tutto pieno.......................このちっぽけとは言えぬ本を、すべて埋まっています
dei nomi di sue belle:.............................................あのお方の美女の名で;
ogni villa, ogni borgo, ogni paese.............................どの町、どの村、どの国も
è testimon di sue donnesche imprese......................あの方のアバンチュールの証人なのでして。
========================================================================
                       (アリア)
Madamina, il catalogo è questo...............................愛らしきご婦人、これこそが目録です、
Delle belle che amò il padron mio;...........................うちの主人が愛でた美女たちの、
un catalogo egli è che ho fatt'io;..............................これはあたしが作りました目録でして;
Osservate, leggete con me.....................................ご覧下さい、あたしとお読み下さい。
In Italia seicento e quaranta;...................................イタリアでは600と40人;
In Almagna duecento e trentuna;.............................ドイツでは200と31人;
Cento in Francia, in Turchia novantuna;....................フランスでは100人、トルコでは91人;
Ma in Ispagna son già mille e tre.............................で、スペインではすでに1000と3人。
V'han fra queste contadine,.....................................その中にゃおります、村娘が、
Cameriere, cittadine,..............................................下女が、そして町娘が、
V'han contesse, baronesse,...................................おります、伯爵夫人、男爵夫人、
Marchesine, principesse........................................侯爵夫人、公爵夫人が、
E v'han donne d'ogni grado,....................................ご婦人がおります、あらゆる身分の、
D'ogni forma, d'ogni età.........................................あらゆる容姿、あらゆる年齢の
Nella bionda egli ha l'usanza.................................金髪の女だと、あの方はいつも
Di lodar la gentilezza,...........................................その優雅さを褒めまして
Nella bruna la costanza,.......................................黒髪の女だとその操を、
Nella bianca la dolcezza.......................................銀色の髪の女だとそのまろみを。
Vuol d'inverno la grassotta,...................................冬にはふっくらをお望みで、
Vuol d'estate la magrotta;.....................................夏にはほっそりをお望みで、
È la grande maestosa,.........................................大柄な女は威厳があるし、
La piccina e ognor vezzosa...................................小柄な女はいつでも愛らしいと、、、
Delle vecchie fa conquista.....................................ご年輩を征服されるのは
Pel piacer di porle in lista;.....................................リストに彼女らを入れるお楽しみのため、
Sua passion predominante....................................で、いちばんのご執心は
È la giovin principiante..........................................若い初物でして。
Non si picca - se sia ricca,...................................お構いなしです、金があろうと、
Se sia brutta, se sia bella;....................................醜かろうと、美しかろうと、
Purché porti la gonnella,.......................................つまりペチコートさえつけていりゃあ
Voi sapete quel che fa..........................................あなた様もご存知でしょう、あの方のなさることは。



関連記事
ドン・ジョヴァンニ(その1)
ドン・ジョヴァンニ(その3@オペラの歴史)
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モーツァルト31歳・父レオポルトの死と「ドン・ジョヴァンニ」(ウィーン⑦1787年)



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塩

カラヤンのこの「ドン・ジョバンニ」初めて見せていただきました。舞台とはまた違ったスケールで、映像にも詳しいカラヤンの一端がうかがえます。
by (2009-10-02 09:42) 

アマデウス

Dr.塩!こんにちは~☆
いつもありがとうございます!
この映像はカラヤンが亡くなる丁度2年前の1987年にザルツブルグで録画されたものです☆
by アマデウス (2009-10-02 13:15) 

kontenten

スペインが舞台とは・・・知りませんでした^^;Aアセアセ
ホント、偉人の方々の年齢と言い、勉強になりました(^^)。
今度は、カラヤンの作品も視たくなりました。
by kontenten (2009-10-02 14:22) 

アマデウス

kontentenさん!こんにちは~☆
コメントありがとうございます!
スペインが舞台のオペラって結構ありますね。
先刻ご承知のオペラも含め、例えば;
①フィガロの結婚(モーツアルト)
②フィデリオ(ベートーヴェン)
③カルメン(ビゼー)
④セビリアの理髪師(ロッシーニ)
⑤運命の力(ヴェルディ)
⑥ドン・カルロ(ヴェルディ)
⑦スペインの時(ラヴェル)
⑧その他聴いたことがない或いは知らないのも含め50曲以上はありそうです。。。



by アマデウス (2009-10-02 21:28) 

whitered

詳しい資料も見せていただき、ありがとうございます。ハプスブルグ家の国の規模も、すごいですが、ドン・ジョバンニの目録もすごいです。わが国の光源氏も負けそうですね。同世代の芸術家(有名人)が意外と多いですね。
by whitered (2009-10-03 10:42) 

アマデウス

whiteredさん!こんにちは~☆
コメントありがとうございます!
ドン・ジョバンニと光源氏の比較面白いですね~☆
更に、井原西鶴の「好色一代男」の主人公、「世之介」と比較するのも面白いかも知れませんね~☆
by アマデウス (2009-10-03 11:31) 

LittleMy

レイミー好きです!
by LittleMy (2009-10-06 17:02) 

ヒデキヨ

素晴らしい力作記事にとても感動しました! 特に

>この年(1787年)初期産業革命がハプスブルグ家支配領域でも、まずは
ウィーンから始まるのである。

この言及は慧眼と思います

なぜ 東京に10個くらい? プロの在京オケがあるのか?
それは 定刻通りに開始して帰宅することのできる
世界トップクラスの交通網があることと無縁ではない…とは私見ですが

先日ハプスブルグ家に縁の深い墺太利人と会いました
日本にお住まいの日本大好きという方です

なんか不思議な感覚に襲われてしまいました 笑
by ヒデキヨ (2009-10-06 20:22) 

アマデウス

LittleMyさん!こんにちは~☆
レイミー素晴らしいですね!それにしても豊富な役柄をこなして来て
いますね☆
by アマデウス (2009-10-08 23:05) 

アマデウス

ヒデキヨさん!こんにちは~☆
嬉しいコメントありがとうございます。
ところで音楽的解釈を別にして「カタログの歌」に表されているドン・ジョヴァンニの次の女性遍歴に注目しています。この数字と割合をじっとながめていると当時の各国の国情、政情(性情)がうかび上がってくるのです(笑
①イタリア :640(31%)
②ドイツ :231(11%)
③フランス :100 (5%)
④トルコ : 91 ( 4%)
⑤スペイン :1003(49%)
------------------------
合計    :2065(100%)

オーストリアを入れていない理由についても多々想像できますね。面白い記事が書けそうです(笑



by アマデウス (2009-10-08 23:19) 

c-d-m

実に興味深く拝見させて頂きました。
ありがとうございます。
↑の数字にも興味津々です。

by c-d-m (2009-10-12 22:28) 

アマデウス

c-d-mさん!こんにちは~☆
こちらこそ拙い記事をお読み頂いてのコメントありがとうございます!
c-d-mさんのところにもおじゃまさせて頂きました☆
「Muse & Bucchus降臨」の素晴らしく個性的且つ芸術的な
ブログですね~☆
これからもよろしくお願い致します☆
by アマデウス (2009-10-13 05:48) 

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