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モーツァルトの西方大旅行①(パリ) [モーツァルト]

モーツァルト最初の旅行は1762年1月12日ザルツブルクを発ってのミュンヘン旅行であり、
3週間の同地滞在期間中バイエルン選帝侯に御前演奏を行ったのである。
モーツァルトは旅行中に6歳の誕生日(1月27日生まれ)を迎えた。

★当時のバイエルン選帝侯はマクシミリアン3世ヨーゼフ(Maximilian III. Joseph, 1727年3月28日 -
1777年12月30日)であった(在位:1745年 – 1777年)。

★ザルツブルクに帰着後、1762年7月16日、6歳のモーツァルトは後に「パリ・ソナタ」K6として親しまれる
クラビーアとヴァイオリン・ソナタの第三楽章となるメヌエット ハ長調を作曲し「ナンネルの楽譜帳」に父レオポルトにより記譜された。

第二回目の旅行はハプスブルク帝国の首都ウイーンへの旅行である。
1762年9月18日ザルツブルクを家族全員で出発、パッサウからは、リンツを経由するドナウ河の
河船を利用し10月6日ウィーンに到着した。
ウィーンではオーストリア女帝マリア・テレジア並びに夫君である神聖ローマ皇帝フランツ1世、
そしてその家族臨席のもと、御前演奏を行った。

★マリア・テレジア・フォン・エスターライヒ:Maria Theresia von Österreich, 1717年5月13日 - 1780年11月29日、
神聖ローマ皇帝フランツ1世シュテファンの皇后、オーストリア大公(在位:1740年 - 1780年)、ハンガリー女王(在位:同じ)、
ベーメン女王(在位:1743年 - 1780年)。

御前演奏に際しての神童モーツァルトのエピソードが種々伝えられているが、音楽的には、
当時の高名な宮廷音楽家であるヴァーゲンザイルを「あの方は音楽のわかる方ですから」と、
名指しで呼び出し、ヴァーゲンザイルに、「僕、これからあなたの協奏曲を弾きます。
譜めくりをして下さい。」と依頼したことである。

★ゲオルク・クリストフ・ヴァーゲンザイル:Georg Christoph Wagenseil 1715年1月29日 - 1777年3月1日、
ウィーンの作曲家、鍵盤楽器(ハープシコードとオルガン)奏者。1739年ハプスブルク家 宮廷作曲家になり、以後、
生涯を通して宮廷に仕えた。

ウィーン滞在中、連日多数の貴族に招かれ、演奏会が催され、神童モーツァルトの名は
たちまちのうちにウィーン中に広まったのである。
(弊記事:モーツァルト生誕254周年ご参照)

父レオポルトはウィーン旅行中に立ち寄ったプレスブルク(現スロバキアのブラティスラヴァ)で
次回の旅行に備えて自家用馬車を一台購入し、1763年1月5日ザルツブルクに帰着したのである。
約3ヶ月半に亘る有意義な旅であった。

★馬車(馬は含まず)の値段は23ドゥカーテン(現在の日本円で約100万円程度と思われる。)
馬2頭は貸し馬(御者共)を利用し、目的地についたら御者が馬を連れ帰るという制度があった。


        ★★★★★         ★★★★★         ★★★★★

西方への大旅行


第三回目の「研鑽と才能披露の旅」に向け、1763年6月9日モーツァルト一家は
ザルツブルクをあとにした。一家が乗っているのは上述のウィーン旅行の際に購入した
自家用馬車である。この旅には従僕のS.ヴィンターが同行した。

★2頭の馬はザルツブルクからミュンヘンまでは御者付の借り馬を手配した。ミュンヘンからマインツまでは
再度借り馬(御者付)を手配し、マインツで馬車を旅館に預けている。 マインツからフランクフルトそしてフランクフルトから
マンハイムに戻るまではライン河の水路を利用した河船での旅行となった。その後は駅馬車を利用し、パリに到着するのである。

今回はドイツ各地、ベルギー(当時はフランドル)、フランスイギリスオランダそしてスイスにまで
及び、ザルツブルクには1766年11月29日に戻るという、約3年半にも亘る旅となるのであった。

この旅行はモーツァルト親子が経験した最大規模の旅行となり、俗に「西方への大旅行」と
称されている。モーツァルトは7歳でこの旅行に出発し、故郷ザルツブルクに帰着した時には
10歳と10ヶ月になっていた。

この旅行中、ウィーンのハプスブルク家では、女帝マリア・テレジアの夫君、神聖ローマ皇帝
フランツ1世が1765年8月18日崩御し、長男のヨーゼフ2世が即位している。

★女帝マリア・テレジア(ハプスブルク家)の夫君、神聖ローマ皇帝フランツ一世はロートリンゲン家出身であることより、
正式には「ハプスブルク=ロートリンゲン家」と称する。
★ヨーゼフ2世はフランクフルトで1765年4月2日神聖ローマ皇帝の戴冠を行っている。1765年9月17日ヨーゼフ2世は
母である皇太后マリア・テレジアとハプスブルク家所領の共同統治をすることになった。
≪ハプスブルク家所領については弊記事「ドン・ジョヴァンニ(その2)」ご参照。≫


Maria_Theresia_Familie.jpg     joseph ii.jpg
女帝マリア・テレジアとその家族                        ヨーゼフ2世(右)
左端;フランツ1世(神聖ローマ皇帝) 1754年              弟レオポルト2世(左)  1769年
シェーンブルン宮殿蔵                                    ウィーン美術史美術館蔵

★画家
女帝マリア・テレジアとその家族:Martin van Meytens (1695年6月24日ストックホルムー1770年3月23日ウィーン)
ヨーゼフ2世とレオポルト2世: Pompeo Girolamo Batoni (1708年1月25日イタリア – 1787年2月4日)



パリを目指す一行は1763年6月12日ミュンヘンに到着し、およそ1年5ヶ月ぶりで上述の
バイエルン選帝侯に御前演奏を行い、その後、父レオポルトの故郷アウクスブルク
立ち寄り数回の公開演奏会を催すのである。

★アウクスブルク (Augsburg) :現在はドイツ連邦共和国バイエルン州南西部に位置する郡独立市であり、ミュンヘン、
ニュルンベルクに次ぐバイエルン州第3の都市。長浜市(滋賀県)と尼崎市(兵庫県)の姉妹都市。
★アウクスブルクではレオポルトの実弟一家とも会い、後にヴォルフガングと非常に親しくなりスカトロジー満載の手紙を
やりとりすることになる、2年8ヶ月年下の従妹マリア・アンナ・テクラ・モーツァルト(愛称ベーズレ)と初めて顔を会わせたのである。

シュヴェッツィンゲン、マンハイム、マインツを経由し、フランクフルト・アム・マインには8月10日
に着いた。ここでも何回かの演奏会を行っており、そのうちのひとつの演奏会を父親につれられた
当時14歳であったゲーテが聴き感動しているのである。

マインツに一度戻ったあと、ボン、ケルン、アーヘンを経てフランドル(現在のベルギー)に入り、
10月4日ブリュッセルに到着。ブリュッセル滞在中、のちの「パリ・ソナタK.6~9」のうちK.6の
第一楽章となるアレグロ ハ長調を作曲し「ナンネルの楽譜帳」に久々に父レオポルトが
記譜したのである。

★ブリュッセルは当時オーストリア領(ハプスブルク家)ネーデルランドの首府であった。
総督はカール・アレクサンダー・エマーヌエル・フォン・ロートリンゲン(1712-80)。1744年から総督を務めた。神聖ローマ皇帝
フランツ1世の弟の息子(即ち、甥にあたる)。モーツァルト一家はカール総督邸を訪問している。

         ★★★★★         ★★★★★         ★★★★★

モーツァルト一家は11月15日にブリュッセルを発ち、18日にパリに到着した。ザルツブルクを
出てから約5ヶ月が経過していた。パリは当時の文化・芸術の一大中心地であり、パリ訪問は
今回の旅の主要目的のひとつであった。

12月24日ヴェルサイユに向かい、翌1764年元日に宮殿で催された宴席でフランス国王
ルイ15世王妃マリー・レクザンスカに拝謁、御前演奏を行い、国王夫妻より歓待された。
レオポルトはその模様をザルツブルクの家主でもあるハーゲナウアー夫人に宛てた手紙
(1764年2月1日付)で次の様に語っている。

★平民であるモーツァルト一家が国王夫妻と同席するのは当時のフランス宮廷でも極めて異例の歓待ということになる。

≪。。。元旦の晩に催された夜食会で、私ども一同のために、国王のテーブルに席をしつらえて
くださったばかりでなく、わがヴォルフガングス氏はずっと王妃のおそばに立ち、この方とたえず
お話をし、この方のお相手をし、またそのお手にときおり口づけし、テーブルから与えてくださった
食べ物をそのおそばで頂戴するというご愛顧をたまわったことです≫ (モーツァルト書簡全集より)


LouisXV-Rigaud1.jpg      MariaLeszczynska05.jpg
ルイ15世』  イアサント・リゴー作、1730年               王妃マリー・レクザンスカと王太子
ヴェルサイユ宮殿蔵                           ルイ・フェルディナン』      1730年   
                                     Alexis Simon Belle作/ヴェルサイユ宮殿蔵                                                      
国王夫妻はもとよりヴェルサイユの貴族も神童モーツァルトの才能には驚嘆し、
一家を手厚くもてなしたのである。モーツァルトは宮廷礼拝堂(副)楽長はもとより
その他宮廷音楽家達とも親しく交流した。

レオポルトはパリ滞在中にヴォルフガングの作品を初めて出版した。後に「パリ・ソナタ」として
親しまれることになる作品である。
K.6とK.7は「作品 I」、K.8とK.9」は「作品 II」として、それぞれ1764年3月と4月にパリで
自費出版し作品 I はフランス王女に、作品 II は世話になった伯爵夫人に献呈された。

出版譜のタイトルは「ヴァイオリンの伴奏でも演奏できるクラブサンのためのソナタ
”Sonates pour le Clavecin qui peuvent se jouer avec l'Acompagnement d'e Violon"
即ち、独立したクラヴィーア(英:ハープシコード/仏:クラブサン)曲に取り外しができる
ヴァイオリンパートを添えるという、当時大流行していた分野である。

★当時この分野ではヨハン・ショーベルト(1735?-1767ドイツ生れ)などがパリで活躍しており、モーツァルトも
交流をもった。「パリ・ソナタ」作曲に際しては特にショーベルトの影響を受けている。

ハープシコード(クラブサン)とヴァイオリンのためのソナタ ハ長調 K.6
第三楽章メヌエット ハ長調/第四楽章アレグロ・モルト ハ長調
レイチェル・ポジャー  Rachel Podger, violin
ゲイリー・クーパー Gary Cooper, fortepiano

画像はオーストリア女帝マリア・テレージア下賜の大礼服を着た6歳の 
モーツァルトの肖像


御前演奏に対しての宮廷からの下賜金、あるいは貴族より贈られた数々の高価な金製の装飾品、
さらにはパリの貴族邸で行った2回の演奏会の収益など経済的にも恵まれたパリ滞在であった。

かくして、一家は1764年4月10日、約5ヶ月間滞在したパリを発ちロンドンに向かうのである。
神童ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、8歳であった。



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Cecilia

>独立したクラヴィーア(英:ハープシコード/仏:クラブサン)曲に取り外しができる
ヴァイオリンパートを添えるという、当時大流行していた分野である。

なるほど、クラヴィーアだけでも良い感じの曲ですね。
ヴァイオリンがあればなお楽しい~みたいな。

最近ヨハン・クリスティアン・バッハの声楽曲を聴いてその記事でモーツァルトとの関係が話題になりました。
私もこれから意識して聴いていきたいなと思っています。
by Cecilia (2010-03-18 08:10) 

Esther

この曲を献呈したフランスの王女様ってだぁれ?

小粋な所がフランスの王女さまに捧げるのにぴったりですね〜。
by Esther (2010-03-18 08:58) 

kontenten

6歳の誕生日前から8歳まで・・・2年少しの間に
これだけの活躍とは、モーツァルト親子も大変だった事と思います。
でも、これだけの偉業をこなさねば、神童とは言えなかったのかも知れませんね^^;Aアセアセ
 今日も・・・勉強になりましたm(__)m
特に、馬車のシステムに興味を持ちました(^^)。
by kontenten (2010-03-18 09:13) 

アマデウス

Ceciliaさん!こんにちは~★
コメントありがとうございます!
この次の記事でロンドンで極めて親しくなったJ.C.バッハとモーツァルトの関係にふれてみたいと思いますのでお付き合い頂けると嬉しいです★
8歳のモーツァルトの才能をJ.C.バッハは高く評価し、イタリアの新しい趣味やオペラを幼いモーツァルトに教えていますね★モーツァルトもバッハを深く尊敬し、この尊敬の念はその後もずっと持ち続けていました★
by アマデウス (2010-03-18 11:26) 

アマデウス

Estherさん!こんにちは~★
コメントありがとうございます!
次の通り献呈されています;
①作品I (K.6+K.7)=第二王女ヴィクトワール
②作品II(K.8+K.9)=テッセ伯爵夫人(モーツァルト一家を親身になって世話をした。)
by アマデウス (2010-03-18 11:45) 

アマデウス

kontentenさん!こんにちは~★
コメントありがとうございます!
各地で一流の音楽家と付き合い、新しい知識を吸収し、自分の持てる才能を披露しているんですよね★音楽に限らずあらゆる芸術さらには政治、経済、社会、技術など、すべてが「融合と革新」から始まるということでしょうね★
by アマデウス (2010-03-18 11:52) 

nekotaro

おぉ、やっと追いついた・・・。
あっ、大変ごぶさたしております。
また、時間が許す限りですが、
立ち寄らせて頂きます(^^)/
by nekotaro (2010-03-18 18:22) 

アマデウス

nekotaroさん!こんにちは~★
わざわざ追いついて頂き恐縮です★
お元気そうでなによりです★
またのお越しをお待ちしております★ ^-^
by アマデウス (2010-03-19 06:41) 

バロックが好き

スゴイですね。。。モーツァルト。。。
そんなに小さい頃から
旅ばかりして、それでも、ゲーテを感動させるほどの
腕前で。。。いつ練習してるの?って感じですよね。
天才だから、やはり、練習はいらないんでしょうか?

by バロックが好き (2010-03-20 08:06) 

アマデウス

バロックが好き さん!こんにちは~★
コメントありがとうございます!
神童の神童たる所以ですよね★5歳から作曲が出来たということは3歳からそれまでの期間で相当な水準でクラヴィーアとヴァイオリンの演奏が出来たということですよね★
有能な音楽家でありヴァイオリンの合理的教授法を取りまとめ「ヴァイオリン教程」を出版した父親レオポルトの適切な指導とモーツァルトの天分(楽才)がなせるわざなのでしょう★練習というより本番演奏会の積み重ねによってさらに才能に磨きがかけられたのだと思われます★

by アマデウス (2010-03-20 10:56) 

pegasas

モーツアルトの小さい頃の旅行は楽しいものだったのですね。
宮廷音楽家ヴァ-ゲンザイルの協奏曲を練習もなしに弾いて
しまう天才ぶりも凄いですね。3歳から作曲もしているのですよね。
何もかも私達には想像出来ない物ばかりで驚きですね。
by pegasas (2010-03-20 17:30) 

アマデウス

pegasasさん!こんにちは~★
コメントありがとうございます!
モーツァルトは3歳の時から自ら興味を示し、進んでクラヴィーアを学び出し、父レオポルトが教えるメヌエットは30分、小曲でも1時間で容易に学びとり、誤ることなく極めて綺麗に、拍子も正確に弾いた。。。との記録が残されています★有能なヴァイオリン奏者であった父親も驚嘆する神童ぶりを発揮したわけですよね★
3歳からヴァイオリンやピアノなどを学んでいる人は私の身内も含め実際にいるわけですが、モーツァルトの様に5歳から作曲をはじめたという人はまずいないのではないでしょうか。。。

by アマデウス (2010-03-21 06:24) 

LittleMy

一応、伝記とかは読んだのですが・・・

本当に勉強になります。
by LittleMy (2010-03-21 08:00) 

アマデウス

LittleMyさん!こんにちは~★
いつもお付き合い頂き、コメントありがとうございます★
これからも宜しくお願い致します★
by アマデウス (2010-03-23 06:01) 

モッズパンツ

8歳で演奏旅行をしていたなんて、本当にスゴイですよね。ビクーリw

               _,,,
             _/::o・ァ ピィ♪ ピィ♪ ピィ♪
           ∈ミ;;;ノ,ノ
         ___ヽヽ__
         \|        (___
       ♪   |\            `ヽ、
            |  \            \
     ∧__∧  |   \            〉
     ( * ゚ー゚) |    \          ./
   || / つ| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄! ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ノ
   ||(  匚_____ζ--ー―ーrー´   
   〓〓〓JJ ∥    ||       ||      
   ||    ||  ∥     ◎         ||
         ◎               ◎
by モッズパンツ (2010-03-27 02:09) 

アマデウス

モッズパンツさん!こんにちは~☆
またまた楽しいAA大作でのコメントありがとうございます☆
ピアノの上で歌っているのはモーツァルトの弟子の「ムクドリ」さん
でしょうね☆( /^ω^)/♪
by アマデウス (2010-03-27 07:23) 

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