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モーツァルト24歳・ザルツブルク在住最後の年(1780年) [モーツァルト]

マンハイム・パリ求職の旅より帰国後約1年が経過し、1780年が明けた。モーツァルトは1月27日
24歳の誕生日を迎えたのである。

ザルツブルクの生活は単調そのもので、大司教のモーツァルトへの対応に変化が見えるわけでもなく、
モーツァルトにとっては相変わらず高慢この上なき大司教なのであった。この点については翌年1781年
12月16日付でミュンヘンより父レオポルト宛に出した手紙で要旨次の通り述べている。

「ザルツブルクにいるのは父を愛するが故だけにいるのである」「自分だけの問題であれば
今回旅立つ前に今度の辞令でお尻を拭いていただろう」「ザルツブルクではなく、あの君主が、
尊大な貴族たちが日ごとに耐えがたくなっている」

1779年にはベーム一座がそして1780年にはシカネーダー一座が宮廷劇場で興行しており、
父レオポルトをはじめモーツァルトも姉ナンネルも座長であるベームやシカネーダーと親しく
付き合うのである。

★エマヌエル・シカネーダーは一座を引き連れこの年1780年から81年の冬のシーズンに来演しておりモーツアルト一家には
芝居のフリーパス扱いをしている。
★モーツァルトはこれはを契機としてシカネーダーとはウィーンに定住後も親しく付き合い、1790年末初演の「賢者の石」から
最晩年の1791年9月30日初演の「魔笛」へと発展して行くのである。詳細は弊記事猫とモーツァルトご参照。
尚、前年1799年にはベーム一座のために劇音楽「エジプトの王ターモス」のための合唱と幕間音楽K.345/336aを
完成している。この作品は1773年「モーツァルトの3度目のウィーン旅行」においてケプラー男爵の依頼で作曲した初稿(173d)を
新たに書き直したのである。「魔笛」の題材との共通性を持つものである。

モーツァルトは前年からこの年1780年にかけて2幕のジングシュピール「ツァーイデ”Zaide"
(後宮”Das Serail)」K.344(336b)を作曲した。このジングシュピールは序曲も作曲されておらず、
又、各曲をつなぐ台詞も書き込まれておらず、未完に終わっている。この作品の目的も明確に
されていないが、ベーム一座あるいはシカネーダー一座用ではないかとの説もある。しかし、興行用で
あれば契約も手付金もあるので未完で終わるはずがないとも思える。ドイツ語オペラがヨーゼフ2世に
より奨励されていた時期でもあり、ミュンヘン宮廷あるいはウィーン宮廷への売り込みを意図していた
のかも知れない。

★尚、この作品はモーツァルトの死後その遺産の中から発見されており、生前に演奏されたかどうかは不明である。
トルコの太守ゾーリマンの侍女ツァーイデが、捕らわれて奴隷となっているキリスト教徒の貴族ゴーマッツと恋に落ち、
トルコの後宮からの逃亡を企てるという筋書きであり、後になって1782年7月16日にウィーンのブルク劇場で
初演されることになる3幕のジングシュピール「後宮からの誘拐」K.384との共通性に注目しておく必要があろう。

この年の夏頃、待ち焦がれたオペラ作曲の依頼が届いた。翌年1781年の謝肉祭用のオペラ・セリアの
作曲依頼である。依頼主はミュンヘンバイエルン選帝侯カール・テオドールであるが、恐らく
ミュンヘンの宮廷楽団のカンナビヒ、オーボエ奏者のラム、あるいはフルート奏者のヴェンドリング
といった友人達が動いてくれた結果であろう。

新しいオペラ・セリアは「クレタの王、イドメネオ」 K.366である。この題材は、フランス語の悲歌劇
「イドメネ」(1712年)で扱われており、モーツァルトのためには当時ザルツブルク宮廷付司祭
務めていたイタリア生れのジャンバッティスタ・ヴァレスコ師(1735-1805)が台本を書いた。

大司教よりは6週間という期限付き休暇の許可も取得し、1780年11月5日、モーツァルト
ザルツブルクを発ち、ミュンヘンへと旅立つのである。この機会を利用し、ミュンヘン宮廷への
就職を再度試み様との気持ちを新たにするモーツァルトであったが、「イドメネオ」の上演完了後、
大司教の命令が下り、ミュンヘンから直接ウィーンに向かい、同地で独立ウィーン時代の幕開け
迎えることになろうとは誰が予想し得たであろうか。

★モーツァルトがマンハイムで愛し、ミュンヘンで失恋した相手であるアロイジア・ウェーバーはミュンヘンで売れっ子の
宮廷ソプラノ歌手となっていたが、1779年9月彼女はウィーンの宮廷劇場(ブルク劇場)と契約したため、家族でウィーンに
移住していた。そして、1780年10月31日彼女はウィーンの宮廷俳優ヨーゼフ・ランゲ(1751-1831)と結婚したのである。

政治面ではモーツァルトがミュンヘン到着後の11月29日ウィーン・ハプスブルク家女帝
マリア・テレジアが63歳の生涯を閉じ、39歳のヨーゼフ2世(神聖ローマ皇帝)が、この年から
本格的にハプスブルク帝国単独統治を開始するのである。所謂「ヨーゼフ主義」の開始である。
ヨーゼフ2世の単独統治の政策は啓蒙的絶対主義の徹底にあり、各種改革を矢継ぎばやに
実施するのである。後になってプロイセン国王フリードリヒ2世は「ヨーゼフは第一歩を歩み出す前に、
第二歩を踏み出す」と評している。

★モーツァルトの西方大旅行中、1765年9月17日女帝マリア・テレジアの夫君神聖ローマ皇帝フランツが崩御し、その後、
マリア・テレジアは長男のヨーゼフ2世と共同統治を行ってきていた。

この年、レオポルトは2年前にパリで亡くなった妻アンナ・マリアの肖像を
中央に掲げた家族の肖像画を描かせているのである。

Mozart family portrait 
モーツァルトの家族の肖像 油彩画、J.N.デッラ・クローチェ作 1780-81年
1780年から81年にかけて描かれた。モーツァルト(24歳)と姉ナンネル(29歳)は
クラヴィーアを連弾し、父レオポルト(60歳)はヴァイオリンを手にしている。
中央には2年前にパリで57歳で亡くなった母アンナ・マリアの肖像画が描かれている。

★家族の肖像画に描かれている1台のクラヴィーアを2人で弾く、4手のための連弾ソナタは18世紀から19世紀にかけて
上流階級の家庭で流行した。モーツァルトはこのジャンルでは5曲を完成させている。K.19d(9歳の時ロンドンにて、
K.381(123a),K.358(186c)はザルツブルクで1773~74年頃作曲。ウィーンではK.497(1786年)、
K.521(1987年)を作曲している。


作品としてはまずザルツブルク時代最後を飾るクラヴィーア協奏曲となる2台のクラヴィーアの
ための協奏曲(第10番)変ホ長調K.365(316a) を「モーツァルトの家族の肖像画」に因んで
とりあげておく。この作品はクラヴィーアの名手であった姉ナンネルと共演する為に作曲されたものと
思われ、2台の名手のための作品にふさわしく、2台のクラビーアは常に対等にわたりあっている。
1779年初頭に作曲されたとされているが、1775年から77年にかけて作曲されたという説もある。

ヴァイオリン・ソナタ 変ロ長調 K.378(317d)も1779年から1780年にかけての作品であろうと
されている。★モーツアルトがウィーンに定住後、1881年11月に出版される「作品II 」の第4曲として収録される曲である。

前年1779年は超一流の楽団や音楽家と親しく交流したマンハイムとパリの旅から帰国した直後で
創作意欲を掻き立てられ、多数の作品(24曲)を手がけているが、この年1780年はミュンヘンの
謝肉祭用オペラ「イドメネオ」の創作にとりかかったこともあり、作品数は9曲にとどまっている。
この年は特に声楽曲で素晴らしい作品が生まれているのである。

2幕のジングシュピール「ツァーイデ”Zaide"(後宮"Das Serail")」 K.344(336b)
  前述の通り未完成ではあるが、美しいアリアが遺されている。

荘厳ミサ(ミサ・ソレムニス)ハ長調 K.337
  この内アニュス・デイ(神の子羊)はモーツァルトの手になる最後のアニュス・ディであり、極めて美しい終曲となっている。

交響曲(第34番)ハ長調 K.338
  モーツァルトのザルツブルク時代最後の交響曲。8月29日完成。

証聖者の盛儀晩課「ヴェスペレ」ハ長調 K.339 
  モーツァルトのザルツブルクにおける最後の教会作品であり、おそらく9月頃作曲され、大司教の洗礼名の聖人
  「聖ヒエロニムス」の祝日である9月30日の盛儀典礼のために作曲されたと思われる。ソプラノ独唱を主体とした
  ラウダーテ・ドミヌム(主よ誉め称えよ)は極めて優美な楽章である。


                                    2幕のジングシュピール「ツァーイデ”Zaide"
                                    (後宮"Das Serail")」 K.344(336b)より
2台のクラヴィーアのための協奏曲(第10番)変ホ長調       ツァーイデのアリア「安らかにお休み”Ruhe sanft”」
K.365(316a) 第一楽章 アレグロ                    ルチア・ポップ Lucia Popp(ソプラノ)
         
1779年初頭に作曲。ザルツブルク時代最後を飾るピアノ協奏曲。      安らかにお休み、愛しい方、
(1775年から77年にかけて作曲されたという説もある。)          お眠り、あなたの幸運が目覚めさせるまで
姉ナンネルと共演する為に作曲されたものであろう。             さあ、私の肖像画を差し上げましょう、
2台の名手のための作品にふさわしく、2台のクラビーアは常に        ほら、なんて明るくほほ笑みかけているのでしょう。
対等にわたりあう。                             汝ら、心地よい眠りたちよ、彼を寝かしつけ給え。
                                     そして、彼の甘い愛の夢を、最後は
                                     実りある現実とさせ給え。


荘厳ミサ(ミサ・ソレムニス)ハ長調 K.337              証聖者の盛儀晩課「ヴェスペレ」
VI.アニュス・デイ 変ホ長調 アンダンテ・ソステヌート           ”Vesperae solennes de Confessore"
                                  ハ長調 K.339 V.ラウダーテ・ドミヌム ヘ短調 アンダンテ
                                    ルチア・ポップ Lucia Popp
     
モーツァルトが完成させた最終のアニュス・デイ               ザルツブルク時代の最後の教会作品。
ソプラノ独唱が歌いだす清らかな旋律は「フィガロの結婚」の        ラテン語聖歌ラウダーテ・ドミヌム「主よ誉め称えよ」
伯爵夫人のカヴァティーナ 「愛の神よ、安らぎを与えたまえ」
”Porgi amor qualche ristoro"の冒頭に用いられる。
オルガンがソロ奏者として華々しく登場。


アニュス・デイ(Agnus Dei):神の子羊(平和の賛歌)
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi,(神の子羊、世の罪を除きたもう主よ)
miserere nobis.(われらをあわれみたまえ)
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi: (世の罪を除きたもう主よ)
dona nobis pacem.(われらに平安を与えたまえ)


この年1780年に作曲された、荘厳ミサ(ミサ・ソレムニス)ハ長調 K.337 VI.アニュス・デイの冒頭旋律は
それから6年後の1786年5月1日ウィーンのブルク劇場で初演される「フィガロの結婚」K.492 第2幕第11曲の
伯爵夫人のカヴァティーナ「愛の神よ、安らぎを与えたまえ」Porgi amor qualche ristoro"の冒頭に
用いられ、伯爵夫人神への祈りが見事に表現されるのである。

LA CONTESSA                伯爵夫人
Porgi amor qualche ristoro      お授けください、愛の神様、なんらかの慰め、
Al mio duolo, a'miei sospir.     私の苦しみと溜息に。
O mi rendi il mio tesoro,       私に愛しい人を返して下さるか、
O mi lascia almen morir.       さもなくば、せめて私を死なせてください。



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mikoto

こんにちは~
色々葛藤があったようですが家族仲が良いと言うのは救いですよね^^
お姉さんと共演する為に作られたと言う
2台のクラヴィーアのための協奏曲(第10番)変ホ長調
軽やかで楽しげでいいですよね~♪
by mikoto (2010-08-12 11:03) 

アマデウス

mikotoさん!こんにちは~☆
コメントありがとうございます!
姉のナンネルとしてはロンドンで共演した時のように(モーツァルト9歳ナンネル14歳、K.19d)いつまでもモーツァルトと4手のための「連弾」ソナタやK.365(316a) のような2台のクラヴィーアのための協奏曲を二人で演奏したかったのだと思いますが、このK.365(316a)が姉弟二人で演奏するためにかかれた最後の作品なのですよ(モーツァルトのザルツブルク時代最後のクラヴィーア協奏曲でもありますが)☆
by アマデウス (2010-08-13 06:14) 

バロックが好き

このころから、きっと少しずつ
音楽のために妥協が出来ないモーツアルトが
生きていくのが大変になって来たんでしょうか。
声楽曲、荘厳ミサ(ミサ・ソレムニス)ハ長調 K.337や
証聖者の盛儀晩課「ヴェスペレ」
何だか疲れ気味だったので
癒されました♪
by バロックが好き (2010-08-13 12:57) 

トラの父

こんばんは.

K.337とK.339,ともに伸びやかな美しさがあって,好きな曲です.
暑いさなかでも,聴いているうちに喘ぎがちな呼吸が深く整ってくるような気がします.
これだけきれいな曲だと,ストイックな聖職者にとっては「美しすぎる宗教曲」だったのかもしれませんね.


大司教との軋轢の最中にありながら,これだけの音楽を書いたのですか...(私だったら赤提灯に行ってます).
by トラの父 (2010-08-13 22:14) 

アマデウス

バロックが好き さん!こんにちは~☆
コメントありがとうございます!
声楽曲での癒し効果があった様で嬉しいです☆
モーツァルトの音楽とその経済的状況については色々な意見がありますが、「フィガロの結婚」の初演(1786年5月1日)前後あるいは「ドン・ジョヴァンニ」のウィーンでの初演(1788年5月7日)の頃に節目がある様ですね☆最も、1787年~92年のエカチェリーナ大帝(ロシア)の対トルコ戦争(第二次)でオーストリアは同盟国であるロシアを支援し、対トルコ戦争に突入したことや1789年~1794年のフランス革命など当時の欧州の政治・経済情勢も考慮する必要があると思います(例えばモーツァルトの演奏会に貴族が集まらなくなってきた背景には戦争突入にも原因があるわけです)★
by アマデウス (2010-08-14 06:32) 

アマデウス

トラの父さん!こんにちは~☆
コメントありがとうございます!
K.337とK.339で癒し効果があった様で嬉しいです☆又、声楽曲もお好きなことがわかり嬉しいです☆当時の宗教曲は声楽ではオペラのアリア、器楽曲では交響曲の楽章にそのまま使える様な作品が多数見受けられまよね☆その後あまり派手にしない様に規制が設けられた様ですが。。。
モーツァルトを赤提灯に招待してやれば、喜ぶでしょうね☆(^―^)

by アマデウス (2010-08-14 06:42) 

pegasas

家族の肖像画は良く描けていますね。見る限りでも
幸せ家族で、仲が良かったのですね。
お姉さんとのクラヴィーアのための協奏曲も明るくて
軽快で良い曲ですよね。ミサ曲も心洗われるようで
うっとりと聴いてしまいました。どれも良いですね。
いつも楽しみに聴かせて頂いています。有難うございます。
by pegasas (2010-08-14 19:41) 

アマデウス

pegasasさん!こんにちは~☆
こちらこそいつもコメントを頂きありがとうございます!
家族の肖像画のうち中央に描かれている壁に掛けられた母アンナ・マリアの肖像画は1765年頃ローザ夫人ことローザ・ハーゲナウアー=バルドゥチが描いたものにJ.N.デッラ・クローチェが必要な修正を行った上で「家族の肖像」を完成させたのです☆教会音楽もお楽しみ頂き嬉しいです☆

by アマデウス (2010-08-15 07:46) 

LittleMy

「イドメネオ」と、「ヴェスペレ」大好きです!
ラウダーテ・ドミヌム 、歌ってて涙が出そうになります。

by LittleMy (2010-08-16 13:28) 

whitered

こんにちは。帰国してすぐのモーツァルトに癒されました。とくにVI.アニュス・デイの伯爵夫人のカヴァティーナは、聞き覚えがあり、澄んだ声にうっとりしました。お母さんの死後、よけいに家族の絆が強くなっていくようですね。お父さんの細かな配慮が、後世のモーツァルト像を確かなものにしてくれたのですね。
by whitered (2010-08-16 13:32) 

モッズパンツ

モーツァルトの家族の肖像画、お父さんだけこちらを向いておりませんね。それにしても女性の髪形が大きいですよね。鉢巻みたいなリボン?も面白いですね。w (´∀`)ノ

(^ー^)ノシ
by モッズパンツ (2010-08-16 22:04) 

アマデウス

LittleMyさん!こんにちは~☆
コメントありがとうございます!
「ラウダーテ・ドミヌム」、LittleMyさんの幅広いレパートリーのひとつであることがわかり大変嬉しいです☆天に飛翔するソプラノは典礼音楽の最高峰にありますよね★これ以上の音楽表現は出来ないであろうとも思える「ラウダーテ・ドミヌム」ですよね★

by アマデウス (2010-08-17 06:27) 

アマデウス

whiteredさん!こんにちは~☆
船旅よりの無事ご帰還なによりです☆お帰りなさい☆
早速のコメントありがとうございます!
アニュス・デイで一息ついて頂けた様でとても嬉しいです☆

by アマデウス (2010-08-17 06:36) 

アマデウス

モッズパンツさん!こんにちは~☆
コメントありがとうございます!
姉ナンネルの髪型は本当に大きいですよね☆こういう大型の髪型が
当時の流行だったのでしょうね☆重そうですよね☆(∩_∩)
by アマデウス (2010-08-17 06:38) 

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