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父レオポルト、絶頂期のモーツァルト29歳を訪問(ウィーン⑤1785年) [モーツァルト]

1785年の前半は前年に引き続き多数の演奏会をこなし、今やウィーンの社交界の寵児、超多忙のモーツァルトなのである。

前年12月14日に「徒弟(レアリング)」として入会したフリーメイソンのロッジ「善行 "Zur Wohltatigkeit"」で1月7日第二位階「職人(ゲゼレ)」に昇進し、同月14日には第三位階「親方(マイスター)」に昇進した。

1月10日には弦楽四重奏曲(第18番)イ長調 K.464( 「ハイドン四重奏曲第5番」), 更に14日には弦楽四重奏曲(第19番)ハ長調 K.465「不協和音」(「ハイドン四重奏曲第6番」)を書き上げ、1782年の大晦日に完成した弦楽四重奏曲(第14番)ト長調(K.387)(「ハイドン四重奏曲第1番」)以来じっくり書き上げてきた、「ハイドン四重奏曲(ハイドン・セット)」全6曲の完成をみたのである。

翌日1月15日には24歳年上のフランツ・ヨーゼフ・ハイドンを主賓として自宅に招待し、「ハイドン四重奏曲」の最初の3曲第1番ト長調K.387第2番二短調K.421/417b、第3番変ホ長調K.428/421b)を演奏したのであるが、ハイドンの感激はいかばかりであったであろうか。

2月11日(金曜日)、父レオポルトモーツァルトの招待に応え、ウィーンモーツァルト宅に到着した。レオポルトは1月28日ザルツブルクを発ち、ミュンヘンに1週間程滞在後、同地を2月7日弟子のハインリヒ・マルシャンと共に馬車で出発し、大雪に悩まされながらも、ランバッハなどを経てウィーンに無事到着したのである。

レオポルトはまずモーツァルトの家(注:所謂フィガロ・ハウス)が、必要な家財道具一切合切ついた立派な住居であることと高額家賃(460フローリン/年)に驚くのである。そして到着した日の晩にはモーツァルトの最初の予約演奏会に出かけ、その素晴らしさと身分の高い聴衆を目の当たりにし感激するのである。

2月12日(土曜日)、ハイドンとティンティ男爵がモーツァルト宅を訪問した。この日は新作のハイドン四重奏曲3曲が演奏された。ハイドンレオポルトに次の通り語るのである。

≪誠実な人間として神の御前に誓って申し上げますが、ご子息は、私が名実ともども知っているもっとも偉大な作曲家です。様式感に加えて、この上なく幅広い作曲上の知識をお持ちです。≫

★これら6曲の「ハイドン四重奏曲」はこの年9月1日初版(アルタリア版)に寄せたモーツァルトの全文イタリア語の献辞をもってハイドンに献呈された。尚、ハイドン・セット第5番(K.464)は後になってベートヴェンが筆写して研究するのである。

レオポルトが2月16日付でザルツブルクに滞在中の娘ナンネル(ゾンネンプール夫人)に宛てた手紙にウィーン到着後の様子が記述されているが、レオポルトは皇帝ヨーゼフ2世臨席の演奏会の模様を次の様に語るのである。

≪2月13日(日曜日)の晩にはブルク劇場でイタリアの歌手ラスキの音楽会がありました。(中略)おまえの弟はパリ用にとパラディスのために作った見事な協奏曲を一つ弾きました。私はたいそうお美しいヴュルテンベルク公爵令嬢から後ろに二つほどロージュを隔てていただけで、楽器の交替はすべてものすごくよく聞き分けられるという満足が得られたので、この満足感で目に涙が溢れたものでした。おまえの弟が退場すると、皇帝は手にお持ちの帽子で挨拶を送ってくださり、「ブラボォー、モーツァルト」とお叫びになられました。≫

★イタリアの歌手ラスキ嬢:ルイーザ・ラスキは1784年9月26日にブルク劇場でデビューした。ラスキは1786年5月1日初演の「フィガロの結婚」K.492 で伯爵夫人を歌い、1788年5月7日の「ドン・ジョヴァンニ」K.527のウィーン初演ではツェルリーナ役をつとめることになる。
モーツァルトが弾いた曲目についての詳細は不明であるが、「見事な協奏曲」とは前年1784年作曲した「クラヴィーア協奏曲(第18番)変ロ長調」(K.456)と考えられている。

ハイドンは2月11日にフリーメイソンの「真の協和」ロッジに入会し、モーツァルトの父レオポルトも今回ウィーン訪問中、4月6日にモーツァルトと同じ「善行」ロッジに入会した。ハイドンは入会後ロッジには出席しておらず、フリーメイソン用の作曲もしていないが、モーツァルトは極めて熱心でこの年多数のフリーメイソン用の作品を完成するのである。

レオポルトモーツァルトフォルテ・ピアノが12回も家(フィガロ・ハウス)から劇場や貴族邸に運び出され、毎日が演奏会であり、夜の1時前には眠ったことは一度もなく、9時前に起きることもなく、二時か二時半に食事をし、モーツァルトはいつも勉強か音楽か、書いたりしていることより、「私はどこへ行ったら良いのです?」と愚痴とも喜びともとれる息子モーツァルトの多忙ぶりを娘ナンネルに語るのである。(3月12日付書簡)

レオポルト2ヶ月半にわたりウィーンに滞在し、メールグルーペで6回催されたモーツァルトの予約演奏会をすべて聴き、モーツァルトに良く似たのカール・トーマス(前年1784年9月21日誕生)と過ごす喜びを持った後、4月25日に弟子のハインリヒ・マルシャンと共にウィーンを発ったのである。モーツァルトはウィーンから同行し、約10km程の所にあるブルカースドルフで見送ったのであるが、これが父と子の永遠の別れとなったのである。

レオポルトは、リンツを経由し、5月4日ミュンヘンに到着した。同地には1週間滞在した後、5月13日にはザルツブルクに帰郷したのである。7月27日にはレオポルトの住家で娘ナンネル(ゾンネンプール夫人)の息子が誕生している。
★この子供には祖父の名が与えられレオポルドゥス・アーロイス・パンタレオンと命名された。ナンネルは9月1日ザンクトギルゲンへと帰ったが、レオポルトは2年後に自分が世をさるまで手元において養育したのである。

皇帝ヨーゼフ2世フリーメイソンの啓蒙思想を自分の啓蒙主義改革に利用しようと考えその活動を容認したのであるが、ウィーンのロッジが予想以上の勢力拡大をとげてきたことに危機感を覚え、一転してフリーメイソンの抑制に乗り出したのである。まず手始めに「フリーメイソン勅令」を発布し、ウィーンの複数のロッジの段階的縮小・統合策をとり進めた結果、1787年には会員数も激減し、ロッジも「新・戴冠した希望」だけとなったのである。
モーツァルトは「フリーメイソン勅令」発布後も「新・戴冠した希望」に属して活動を続け、「洞窟」という新たなロッジ設立を目論んでいたとされている。


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フランツ・ヨーゼフ・ハイドン Franz Joseph Haydn             モーツァルト29歳のシルエット(1785年)
(1732年3月31日 - 1809年5月31日)                      レッシェンコールの版画
トーマス・ハーディによる肖像画 1792年作

★モーツァルトの影絵:版画家ヒエロニムス・レッシェンコールがシルエットに拠って1785年春に作成した版画作品。


この年1785年に作曲された主たる楽曲は、まず、1月10日弦楽四重奏曲(第18番)イ長調K.464(「ハイドン四重奏曲第5番」)が書かれ、続いて14日には弦楽四重奏曲(第19番)ハ長調K.465「不協和音」(「ハイドン四重奏曲第6番」)の完成をみている。

2月から3月にかけて、次の2曲のクラヴィーア協奏曲の傑作を完成した。
①クラヴィーア協奏曲(第20番)ニ短調K.466
②クラヴィーア協奏曲(第21番)ハ長調K.467

3月13日、ブルク劇場で催された音楽芸術家協会の演奏会で、モーツァルトのオラトリオ(カンタータ)「悔悟するダビデ」"Davide penitente"(K.469)がモーツァルト自身の指揮で演奏された。このオラトリオは2年前(1784年)にモーツァルが夫婦でザルツブルクに一時帰郷した際、聖ペテロ教会でコンスタンツェがソプラノ・パートを歌ったあのミサ曲ハ短調(K.427/417a)を転用し、新たに作曲した3曲を加えて完成している。作詞は、ダヴィデが神に罪を悔い改める内容の詩編をもとにダ・ポンテが改編作詞した。モーツァルトが新たに作曲したのは10曲中次の3曲であり、残り7曲はすべてミサ曲ハ短調より転用した。
①6番アリア:アンダンテ、変ホ長調 主よ、あなたはいかなる苦難のときも(避け所です)”A te, fra tanti affanni..."
②8番アリア:アンダンテ、ハ長調 暗き影の間から(光明がさす)”Fra l'oscure ombre funeste"
③10番合唱:アダージョ、ハ長調 神のみ依り頼む者は(苦難に陥ることはない)"Chi in Dio sol spera"

★独唱はアダムベルガー(テノール)とカヴァリエーリ(ソプラノ)それに第2ソプラノのエリザベート・ディストラーが受け持った。アダムベルガーとカヴァリエーリは「後宮からの誘拐」でそれぞれ「ベルモンテ役」と「コンスタンツェ役」を受け持った一流歌手である。演奏者は弦楽・管楽器奏者合わせて約90名、合唱30名、それに聖シュテファン教会などの少年聖歌隊員が加わり150名もの陣容であったとされている。

この年はフリーメイソン用に多数のリートやカンタータを集中的に作曲するが、最初のリートは3月26日に作曲した変ロ長調「結社員の旅"Gesellenreise"」K.468である。
★4月6日フリーメイソンに入会したレオポルトは4月16日に第2位階のゲゼレ(職人)に昇進した。この昇進儀式に歌われたのが「結社員(職人=Gesellen)の旅」であるとされている。


クラヴィーア協奏曲(第20番)ニ短調 K466
第二楽章 ロマンス 変ロ長調
フリードリヒ・グルダ Friedrich Gulda
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団                 クラヴィーア協奏曲(第21番)ハ長調 K.467
Munich Philharmonic Orchestra                 第二楽章 アンダンテ へ長調
     
映画「アマデウス」のエンドロールにこの楽章が流された。     第2楽章は1967年のスウェーデン映画『みじかくも美しく燃え                                            原題”Elvira Madigan”のBGMに使われた。

声楽曲の分野ではフリーメイソン以外にもいくつかのリート(ドイツ語歌曲)を作曲しているが、6月8日には名作「すみれ"Das Veilchen"」が書かれた。このリートはモーツァルトゲーテの詩に曲をつけた唯一の作品であるが、詩のストーリに応じ、ト長調アレグレットから始まりト短調に転調させるなど通作歌曲形式により歌詞の持つ物語の起伏を明確に展開・表現しているのである。

室内楽曲では10月16日にクラヴィーア四重奏曲ト短調(K.478)、そして12月12日にヴァイオリン・ソナタ変ホ長調(K.481)が作曲され、K.478は12月、K.481は翌年1786年にホフマイスター社より出版された。

リート「すみれ Das Veilchen」 K.476
作詞:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
Johann Wolfgang von Goethe                 クラヴィーア四重奏曲ト短調 K.478 
エディット・マティス Edith Mathis(ソプラノ)              第一楽章 アレグロ   
小林道夫 Michio Kobayashi(ピアノ)                ベルニーニ・カルテット Quartetto Bernini
     
モーツァルトは最後に「可愛そうなすみれ、愛らしいすみれ        1785年12月ホフマイスターより出版。
だった」という2行を付け加えて作曲した。

★11月20日ホフマイスター社に10月16日作曲され12月に出版されたK.478の報酬の前借だと思われる借金を申しこんでいる。

オペラ・ブッファの最高傑作となる「フィガロの結婚」の台本を、この年の夏頃にはダ・ポンテが脱稿し、遅くとも10月までにはモーツアァルトに台本が渡されとされている。1782年の前作「後宮からの誘拐」(K.384)以来、新たなオペラ・ブッファの作曲を考え、種々台本を物色、検討していたモーツァルトの到達した案が、貴族と体制批判につながるとして当時皇帝ヨーゼフ2世により上演が禁じられていたボーマルシェの戯曲「フィガロの結婚」のオペラ化なのである。モーツァルトは宮廷詩人の任にあったイタリア人、ロレンツォ・ダ・ポンテにこの案を持ちかけ、ダ・ポンテが体制批判に繋がる箇所を削除・修正し、原作の戯曲が5幕のところを4幕にまとめ、台本を書き上げたのである。モーツァルトは翌年1786年上演に向けて作曲を開始した。

12月23日ブルク劇場で催された第2回クリスマス演奏会で、16日完成のクラヴィーア協奏曲(第22番)変ホ長調
K.482が演奏された。
★この第三楽章アレグロの冒頭数小節は映画「アマデウス」でモーツァルトがスキップをしながらウィーンの市場を軽快に歩むシーンで
BGMとして使用されている。




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whitered

おはようございます。28、29歳のモーツァルトは、まさに絶頂期ですね。ハイドンを招いたり、お父さんに来てもらったり。クラヴィーア協奏曲20番、21番が完成したり、『フィガロの結婚』にとりかかったりで。21番が大好きですが、これを聴くと、いやなことは忘れられていいことばかりが浮かんでくるようです。
by whitered (2010-09-23 09:30) 

トラの父

このウィーン滞在中,レオポルトは息子の才能が花開いたことを自分の目で確かめることができて,ヴォルフガングもいい親孝行をしましたね.

この時期の作品はどれも充実してなじみ深いものばかりですが,その中でもフリーメーソンのための作品を聴くと,人々との絆の中にあるモーツアルトの私的なくつろぎが伝わってくるようで,ほんわりとした暖かさに包まれる思いがします.


マティスの『すみれ』も拝聴しました.
相変わらす,美しい声ですね.
by トラの父 (2010-09-23 09:44) 

mikoto

こんにちは^^
これだけの事柄を調べてまとめて記事にされているのはスゴイなーと
思いながらいつも読ませて頂いています☆
フリーメイソンにかなり心酔しているようで、これもこれからの悲劇の
一端になるのかしら?とドキドキしながら続きを待っています。

クラヴィーア四重奏曲ト短調、クラヴィーアだけの澄んだ音も素敵ですが
他の楽器との共演もいいですね~^^
「すみれ」に最後の2行を付け加えて作曲した所に
モーツァルトの優しさを感じました。
by mikoto (2010-09-23 11:13) 

アマデウス

whiteredさん!こんにちは☆
コメントありがとうございます!
21番ハ長調K.467は、まさにモーツァルトの絶頂期の最高傑作のクラヴィーア協奏曲ですね☆明るく、雄大で、おっしゃる通り「いやなことは忘れられていいことばかりが浮かんでくる」作品ですよね☆
by アマデウス (2010-09-24 06:12) 

アマデウス

トラの父 さん!こんにちは☆
コメントありがとうございます!
レオポルトが常に抱いていた危惧、即ち、「フリーランスの音楽家で生活が成り立つのか」という点をこの時期のモーツァルトは見事に打ち消していますね★レオポルトがウィーンを発った後、政治・社会情勢とも相俟って演奏会の開催数が減ってくるわけですが、一番良い時期を父親に見せることが出来たわけですね★ご指摘の通り、フリーメイソンの為に作曲されたリートやカンタータに素晴らしい作品がありますね★

by アマデウス (2010-09-24 06:26) 

アマデウス

mikotoさん!こんにちは☆
コメントありがとうございます!
冗長な記事をいつも興味をもってお読み頂いており嬉しい限りです☆
ご指摘の通り、「すみれ」に最後の2行を付け加えて作曲した所にまさにモーツァルトの優しさが現れていますよね☆このゲーテの詩には20人程の作曲家が曲をつけている様ですが、ここまでドラマチックな表現が出来るとはさすがモーツァルト!。。。ですよね☆
by アマデウス (2010-09-24 06:42) 

pegasas

クラヴィーア協奏曲の20番は私の大好きな曲です。映画アマデウスの中のエンデイングに哀しい場面がとても印象的でしたね。21番も良く聞く曲ですね。お父さんとはもう会えないのですね。でもモーツアルトの成功を見届ける事が出来て良かったですね。
by pegasas (2010-09-24 21:44) 

LittleMy

絶頂期が、天才は早いものですね。
来週演奏会で、フィガロの「手紙の二重唱」のコンテッサを歌います。
全幕歌いたいなぁと思いました☆
by LittleMy (2010-09-25 07:56) 

アマデウス

pegasasさん!こんにちは☆
コメントありがとうございます!
父レオポルトはモーツァルトの晴れ姿を見てから、その2年後に亡くなるわけですが(1787年5月28日没)その約1ヶ月程前の4月24日モーツァルトは豪華なフィガロ・ハウスからウィーン郊外(当時)の借家に引越しています★モーツァルトはレオポルトにその理由(経済的あるいは病気療養?)を全く報告していませんが、レオポルトは娘ナンネルに「残念ながらその理由は私にはわかっている。」と語っています。。。が、ここのところはレオポルトはモーツァルトの成功を見届けてこの世を去った。。。としておきましょう☆
by アマデウス (2010-09-25 08:06) 

アマデウス

LittleMyさん!こんにちは☆
コメントありがとうございます!
天才は早くから完全燃焼するからなのでしょうね☆
フィガロの「手紙の二重唱」のコンテッサを来週歌われるのですね☆丁度来週は弊記事でもフィガロのブルク劇場での初演をとりあげることになりますよ☆LittleMyさんのコンテッサ、素晴らしいですね!聴かせて頂たいです!
by アマデウス (2010-09-25 10:41) 

ムネタロウ

いつも、ありがとうございます☆
by ムネタロウ (2010-09-25 14:52) 

塩

本日もまたお気づかいいただきメッセージを頂戴して嬉しくありがたく思います。ありがとうございました。


by (2010-09-25 19:03) 

バロックが好き

こんにちは♪
モーツアルトのお父さん
息子の絶頂期のとても素敵な時に
一緒に過ごせる時間が持てて良かったですね。
さぞ、喜ばしく晴れがましかったことと思います。
「すみれ」ゲーテの詩は知っていましたが
歌は初めて聴きました♪
ホールで聴いてみたいなぁと思いました。
クラヴィーア協奏曲(第22番)変ホ長調
K.482
明るくて軽やかで気持ちの良くなる曲ですね。
by バロックが好き (2010-09-27 13:05) 

モッズパンツ

とうとうモーツァルトは、ウィーン社交界の超売れっ子の人気者になりましたね。w (^ω^)b
フリーメイソン勅令によって、組織は縮小したにもかかわらず、モーツァルトは「洞窟」という新たなロッジ設立を目論んでいたなんてw、何か地下活動みたいな名前ですね。w (´∀`)ノ

(^ー^)ノシ
by モッズパンツ (2010-09-28 00:16) 

アマデウス

ムネタロウさん!こんにちは☆
こちらこそいつもありがとうございます!
by アマデウス (2010-09-28 06:29) 

アマデウス

Dr.塩!こんにちは☆
こちらこそわざわざご丁重なメッセージを頂き恐縮です☆
ありがとうございます☆じっくりご静養下さい☆
by アマデウス (2010-09-28 06:32) 

アマデウス

バロックが好きさん!こんにちは☆
コメントありがとうございます!
クラヴィーア協奏曲(第22番)変ホ長調K.482ではクラヴィーア協奏曲としては初めてクラリネットを登場させ、その後翌年1786年3月に作曲される23番イ長調K.488、そしてハ短調K.491でもクラリネットを使用していますよ(K.482とK.488ではクラリネットをオーボエの替わりに使用★K.491ではオーボエとクラリネット両方を使用)★因みに、当時まだまだ新参の楽器であったクラリネットは交響曲では第31番「パリ」(1778年)から、オペラでは「イドメネオ」(1781年)から使用する様になっています☆
by アマデウス (2010-09-28 06:54) 

アマデウス

モッズパンツさん!こんにちは☆
コメントありがとうございます!
モーツァルトはフリーメイソンの「自由・平等・博愛」という思想に共感を覚えたのでしょうね★晩年かなりの収入があるにも拘わらず経済的に苦境にたたされるのはフリーメイソンの新たなロッジ「洞窟」設立準備費用が嵩んだことにもよるとの説もある様です☆


by アマデウス (2010-09-28 07:06) 

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