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モーツァルトのミュンヘン旅行≪「偽の女庭師」作曲・上演の旅≫ [モーツァルト]

1774年12月6日、モーツァルト父子はミュンヘンに向けて旅立った。
この年の夏、バイエルン選帝侯マクシミリアン3世からヴォルフガングに謝肉祭用オペラ
作曲依頼があり、それに応えるために再び大司教から休暇許可を得たのである。
モーツァルトはすでに18歳、あと二ヶ月程で19歳を迎えるところであった。

★マクシミリアン3世ヨーゼフ(Maximilian III. Joseph, 1727年3月28日 - 1777年12月30日):バイエルン選帝侯
(在位:1745年 – 1777年)。全名はマクシミリアン・ヨーゼフ・カール(Maximilian Joseph Karl)。
キュヴィリエ劇場(ミュンヘンにあるロココ式劇場/独: Cuvilliés-Theater)建設をフランソワ・ド・キュヴィリエに命じた
(1753年完成)ほか自身も作曲や演奏を行なうなど芸術にも親しんでいた。この劇場で1781年1月29日モーツァルトの
「クレタ王イドメネオ」が初演された。

ミュンヘンを目的地とする旅は今回が2回目である。
第1回目の旅は、モーツァルト6歳に満たない時、1762年1月12日ザルツブルクを発っての
ミュンヘン旅行であった(約3週間同地滞在)。この時もバイエルン選帝侯マクシミリアン3世
御前演奏を行っている。≪モーツァルトはこの旅行中に6歳の誕生日(1月27日生まれ)を迎えた。≫

★ミュンヘンに立ち寄り滞在したのは1763年6月、モーツァルトが7歳の時、≪西方への大旅行(パリ・ロンドン
の往路、ミュンヘンに立ち寄り、離宮ニュンフェンブルクでマクシミリアン3世に演奏を披露している。
尚、「西方への大旅行」の復路にも立ち寄っているのでミュンヘン滞在するのは今回で通算4回目となる。

父子二人で出発したが、ナンネルが弟ヴォルフガングのオペラを聴くために、
初演日(1775年1月13日)の9日前、1月4日午後2時前にミュンヘンに到着している。

★ザルツブルクからミュンヘン(距離は約140km)への馬車による行程は通常一泊二日の旅で18時間かかり、道中ヴァッサーブルクで
宿をとった。父子の場合はヴァッサーブルクに夜9時に着き、翌日8時に出発、ミュンヘンに午後3時半に到着している。

今回の作品である全3幕の≪偽の女庭師 "La finta giardiniera"≫(K.196)は、1768年ウィーンで
作曲し、翌年ザルツブルクで上演した≪ラ・フィンタ・センブリチェ≫以来のオペラ・ブッファである。

★偽の女庭師:イタリア語(原点版)”La finta giardiniera"と1780年にアウクスブルクで上演されたジングシュピール版
≪ドイツ語タイトル:"Die verstellte Gartnerin (偽装した女庭師)≫がある。但し、その後ドイツ語の表題は
”Die Gartnerin aus Liebe"(愛の女庭師)となっている。

ヴォルフガングの父レオポルトの実家はアウクスブルク(現在のドイツ連邦共和国バイエルン州南西部に位置する郡独立市)
にあり、ここで1780年に偽の女庭師ジングシュピール版が上演されたわけだが、アウクスブルクは、
ドイツ医学者であり解剖学者でもある ヨーハン・アダム・クルムス(Johann Adam Kulmus, 1687–1745)
解剖学図表”Anatomische Tabellen”』の印刷を行った町でもある(印刷はドイツ各地で行われてはいるが)

レオポルトの父親のヨハン・ゲオルク・モーツァルト(1679-1736)は製本師であったので
解剖学図表”Anatomische Tabellen”』の製本を行っているかも知れない。

★『解剖学図表”Anatomische Tabellen”』は、初心者にも分かり易いように28枚の図表について解説した医学書で、
初版は1722年にダンツィヒ(現在のポーランド、グダニスク)で出版された。その後、ドイツ国内の出版社で多く
版が重ねられた。また、この書物はオランダ語をはじめフランス語、ラテン語などにも翻訳された。

”Anatomische Tabellen"(解剖学図表)はオランダ語では”Ontleedkundige Tafelen”であり、
このオランダ語版の日本語翻訳版(1774年)が、「解体新書」通称「ターヘルアナトミア」である。
1732年のドイツ語版がオランダ人医師ヘラルト・ディクテン(Gerard Dicten)によって1734年に
オランダ語に翻訳された『ターヘルアナトミア(解剖学図表)』 がオランダ東印度会社を通じて
日本へ運ばれ、杉田玄白や前野良沢、中川淳庵らが翻訳をおこない『解体新書』として
1774年(安永3年)、世に出された。

まさにこの年モーツァルトは「偽の女庭師」の作曲を行っていたのである。

偽の女庭師」は1775年1月13日ザルヴァトールプラッツ(広場)のザルヴァトールプラッツ劇場で
初演された。この劇場はミュンヘンの中流階級の観客の好みに合わせた、オペラ・ブッファの
大衆劇場であり、ザルヴァトール教会(Salvatorkirche)の向かい側のザルヴァトール広場の
北東の角に、1654年に建てられてから1799年に閉鎖を余儀なくされるまで、オペラを
上演しつづけた。


MaximilianIII-1.jpg      München_Panorama.JPG
バイエルン選帝侯マクシミリアン3世  1777以前        ミュンヘンのフラウエン教会 (Frauenkirche、左)と市庁舎の塔(右)


全3幕≪偽の女庭師 "La finta giardiniera"≫(K.196)

作詞者:
ジュゼッペ・ペトロセッリーニ(Giuseppe Petrosellini 1727~99)とする説が有力。ペトロセッリーニ師は後になって
ジョヴァンニ・パイジェッロの≪セビリアの理髪師≫の台本を書くことになる。

あらすじ:
舞台は18世紀中頃のラーゴネーロ”Lagonero"(伊)の市長宅。(ジングシュピール版では独/Schwarzensee)
ベルフィオーレ伯爵(T)と市長の姪アルミンダ(S)との婚約披露宴の夜。
ベルフィオーレ伯爵は以前嫉妬心より誤って恋人ヴィオランテ(侯爵令嬢)を刺して身を隠した経緯がある。彼女は一命を
とりとめサンドリーナ(S)と名を変えて市長(T)の女庭師となり、かっての恋人、ヴィオフィオーレ伯爵を探している。他方、
若い騎士ラミロ(Ms)はアルミンダを愛している。また召使セルベッタ(S)は自分を口説いていたくせに今はサンドリーナを
追いかけている市長を責める。最後には伯爵とサンドリーナはもとの鞘に収まり、アルミンダとラミロ、セルベッタと彼女を
愛するヴィオランテの従僕ナルド(Br)も結ばれ大団円となる。   
登場人物たちの恋模様が交錯するオペラ・ブッファ特有の作品である。
★騎士ラミロ(メゾソプラノ)はカストラートが歌った。


「偽の女庭師」第1幕より                              第2幕より
サンドリーナのアリア                               アルミンダのアリア      
「小鳩は嘆く」                                「こらしめてやるわ」
”Geme la tortorella”                            ”Vorrei Punirti Indegno”
クララ・エク Klara Ek(ソプラノ)                       ヴェロニク・ジャンスVeronique Gens(ソプラノ)
       
小鳩は嘆く、原野から遠く離れ                     アルミンダは伯爵に対して烈しく怒りをぷつける。           
運命をうらみ、そのことばで慈悲の心を  
呼び起こしたいのでしょうか。。。


1月14日付で、モーツァルトはザルツブルクの母親アンナ・マリアにこの初演について次のような
報告を送っている。

≪ありがたいことに! ぼくのオペラはきのう13日に上演されました。 そしてとても良い出来
だったので、その評判はママには描写できないほどです。 まず第一に、劇堵は大入り満員で、
大勢の人たちが引き返さなければなりませんでした。アリアが1曲終わるごとに、いつも拍手と
驚嘆のどよめき、それにマエストロ万歳の叫び声です。選帝候妃殿下も、太后も(ぼくの向かいに
おられて)ぼくにブラヴォーといわれました。 オペラが終わり、バレエが始まるまで、その間
たいていは静かなものですが、ただもう拍手とブラヴォーの叫びだけでした。 止んだかと思うと
また姶まり、さらにつづくのです。 そのあとぽくはパパといっしょに、選帝候や全廷臣たちが
通られる部屋に行き、選帝侯殿下、同妃殿下および高位の方がたの手に接吻しました。 
みんなとても寛大に迎えてくれました。 今朝早く、キームゼーの侯爵司教猊下がこちらに使者を
よこされ、オペラがみんなにたいへん気に入られたことを祝って下さいました。 どうしようもない、
れっきとした理由は、来週の金曜日にまたオペラが上演されるので、ぼくは演奏にどうしても
立ちあわなけれぱならないのです≫                          モーツァルト書簡全集


モーツァルトはミュンヘン到着後フォルテピアノ(現在のピアノの前身)という新しい鍵盤楽器
出会ったのである。 モーツァルトはその優れた楽器の持つ表現力と未知の可能性に魅了され、
一気に6曲ピアノソナタを書き上げた。作曲の直接のきっかけとなった依頼者である
デュルニッツ男爵の名によって最後の第6番 二長調(K.284/205b)の愛称は
デュルニッツ・ソナタ≫と呼ばれている。
モーツァルトはこれ以前にもクラヴィーア・ソナタを作曲していたが、書き留めていなかったり、
紛失したりしており、これら6曲のクラヴィーア・ソナタ中、ハ長調(K.279/189d)が現存する
最初のクラヴィーア(ピアノ)・ソナタである。尚、モーツァルトはこれら6曲のソナタの自筆譜に
1番から6番までの番号を付けている。

★6曲のクラヴィーア・ソナタ:第1番ハ長調(K.279/189d)、第2番ヘ長調(K.280/189e)、第3番変ロ長調(K.281/189f)、 
第4番変ホ長調(K.282/189g)、第5番ト長調(K.283/289h)、第6番二長調(K.284/205b)『デュルニッツ』 
★タデーウス・ヴォルフガング・フライヘル・フォン・デュルニッツ(1756-1807)はミュンヘン宮廷に仕える軍人(陸軍少佐)の
貴族で、音楽愛好家であった。モーツァルトに有償でのクラヴィーア・ソナタの作曲を依頼し、これに応えた作品故に
「デュルニッツ・ソナタ」と称される。

バイエルン選帝侯より「対位法に基ずく曲を」という要望に応じ、オッフェルトリウム(モテット)
ミセリコルディアス・ドミニ Misericordias Domini 「主のお憐れみを」』 ニ短調 K.222(205a)を
作曲し、3月初頭にミュンヘンの選帝侯礼拝堂で初演したのである。

モーツァルトのこの時期の教会音楽傑作である。ヴァイオリンの奏する対旋律にベートーヴェン交響曲第九『歓喜の歌』
予示する響きがあるのは興味深い。モーツァルトはこの楽譜を翌年ザルツブルクからボローニャのマルティーニ神父(対位法の大家)に
送付し、その批判を謙虚に仰いだ。最初に指導して以来約6年が経過し、その間のモーツァルトの進歩を神父は大いに認め、
≪現代音楽が要求する全てのもの、良い和声、熟練した転調、ヴァイオリンの節度ある動き、諸声部の自然な変化、
それに無理のない見事な声部処理が見られるので大変喜んでいる。≫と称賛した上で、次の言葉を付け加えている。
≪音楽には不断の修練が課せられるものゆえ、なおも勉強を怠りなきよう≫


クラヴィーア・ソナタ 二長調(K.284/205b)     ミセリコルディアス・ドミニ(主のお憐れみを)
≪デュルニッツ・ソナタ≫第一楽章アレグロ                    ニ短調 K.222(205a)
     


偽の女庭師」上演中、ザルツブルク大司教コロレド伯がバイエルン選帝侯を訪問するため
1月16日にミュンヘンに到着しているが、レオポルトが妻のアンナ・マリアに宛てた1775年1月
18日付の手紙によると、大司教はモーツァルトのオペラを称賛し、祝詞を述べる人々に対し、
「困惑し、頭でうなずき、肩をすくめるだけで」、自分の部下が喝采を浴びているオペラを聴きに
行こうともせず、又、レオポルトも大司教に対し挨拶にも出かけていないのである。すでにこの頃、
大司教とモーツァルト父子との間に感情的亀裂が生じていることがうかがえる。

ともあれ、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(19歳)は、父レオポルト(56歳)と姉ナンネル(24歳)
と共に1775年3月6日にミュンヘンを発ち、ヴァッサーブルクに一泊し、翌7日にザルツブルクに帰郷し、
約3ヶ月にわたるミュンヘン旅行≪「偽の女庭師」作曲と上演(演奏指導)の旅≫
成功裡に終えたのである。



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コメント 18

バロックが好き

おはようございます♪
小鳩は嘆くのびやかでいいですね♪
「こらしめてやるわ」はドラマティックな感じですね。
6番は踊りだしたくなるような楽しい曲ですね♪
ミセリコルディアスたくさんの合唱する人がいて、
PCから聴くよりこの会場に言って聴きたいなぁと
思いました。
又、クリスチャンで歌詞がわかるともっと楽しめる曲なんでしょうね。
ベートーヴェンもやはりこの曲を聴いていたのでしょうか?
時代的には聴いてますよね^^。
by バロックが好き (2010-06-10 08:17) 

Esther

アマデウスさん、わたしK.280第1楽章を今、練習してる所です。
K.281の第三楽章もとても気になっています。メロディのかわゆさったら、ありません♪
ますますアマデウス...好き♡になりました。
by Esther (2010-06-10 12:11) 

nekotaro

意外な線から日本と結ばれるとは・・・
_〆(^^)メモメモ… (笑)
by nekotaro (2010-06-10 17:51) 

pegasas

モーツアルトが18歳か19歳の頃、日本では解体新書が世に出された
のですね。 モーツアルトの’主の哀れみを’はベートーベンの第九の
歓喜の歌が入っていますね。モテットと云うのを始めて聴きましたが
沢山の人達で合唱する荘厳な教会音楽なんですね。これは短調でしたね。時代がわかると日本ではまだまだモーツアルトどころではなかった
ですね。日本で始めて洋楽を聴いたのは勝海舟でしょうか?
by pegasas (2010-06-10 18:09) 

アマデウス

バロックが好き さん!こんにちは~☆
コメントありがとうございます!
今回はいつもご訪問・コメントを頂く、バロックが好き さんに感謝の気持ちを込めて『ミセリコルディアス・ドミニ』ラテン語の全歌詞を邦訳することにします☆なが~くなりますが。。。
①Misericordias Domini(神の慈悲を)②Cantabo in aeternum(永遠に讃歌する)
実は以上2つの詩文を11回反復しているのです☆
ベートーヴェンはモーツァルトより17歳年少ですが、モーツァルトの楽曲を良く研究していることより『ミセリコルディアス・ドミニ』も聴いた可能性はありますね☆

by アマデウス (2010-06-11 06:22) 

アマデウス

Estherさん!こんにちは~☆
コメントありがとうございます!
K.280第一楽章、大いに楽しみながら練習して下さいね☆
その次の候補(K281第三楽章)も現れている様で嬉しい限りです☆

by アマデウス (2010-06-11 06:26) 

アマデウス

nekotaroさん!こんにちは~☆
コメントありがとうございます!
かなり強引に日本と結びつけた感もしますが。。。(笑

by アマデウス (2010-06-11 06:29) 

アマデウス

pegasasさん!こんにちは~☆
コメントありがとうございます!
★勝海舟も蘭学を学んだり、渡米(1860年)したりしていますから洋楽は聴いているはずですが、日本で初めて洋楽を聴いたのは①天正遣欧少年使節(1582年)②或いは彼らより少し以前に長崎にあったイエズス会のセミナリオ(イエズス会の中等教育機関)でオルガンなどを使った音楽教育を受けた生徒だろうと思われます★
★モーツァルトを初めて聴いた日本人は、1868年藩留学生としてドイツに留学し、その後外交官、外務大臣を務めた青木周蔵ではないかと考えています(これはあくまで私見で、未確認ですが)

by アマデウス (2010-06-11 06:49) 

モッズパンツ

ミュンヘンといえば、
ミュンヘン、サッポロ、ミルウォーキー、ということで、ビールの街ですよね。モーツァルトの時代はビールあったのでしょうか?w (^ω^)b
もしあったとしたら、18歳だから飲んだのかな。w (´∀`)ノ

(^ー^)ノシ
by モッズパンツ (2010-06-14 00:18) 

アマデウス

モッズパンツさん!こんにちは~☆
コメントありがとうございます!
ミュンヘンで毎年10月に行われるビールが主役のお祭りオクトーバーフェスト(独:Oktoberfest)は世界的に有名ですよね☆
ビールの歴史はワインと同様非常に古く、モーツァルトの時代には当時のバイエルン地方(首都ミュンヘン)にはすでにいくつかのビール醸造所があった様です★ミュンヘンでモーツァルトがビールを飲んだかどうかを確認し得る手紙は見当たりません(夕食時ワインは飲んでいます)が、1790年2月20日付友人宛の手紙で、≪。。。どんなに私がビールを飲むのが好きか、ご存知の通りです。≫と語っています(モーツァルトが34歳の時ウィーンにて)☆

by アマデウス (2010-06-14 07:23) 

LittleMy

とってもためになりました!
ありがとうございます☆
by LittleMy (2010-06-15 17:14) 

モッズパンツ

  /⌒ヽ
 ( ^ω^=m===く| ブ~ブブ~ブ~ブブ~~~
 (    )ノ
 | | |
 (__)_)
by モッズパンツ (2010-06-15 18:32) 

アマデウス

LittleMyさん!こんにちは~☆
こちらこそいつもご訪問とコメントありがとうございます!
by アマデウス (2010-06-16 06:31) 

アマデウス

モッズパンツさん!こんにちは~☆
FIFAワールドカップ、カメルーンに勝ちましたね☆\(^ ^)/
この調子で、オランダ、デンマークにも勝って欲しいですね☆
ブブゼラAAでのお祝いありがとうございます!
by アマデウス (2010-06-16 06:36) 

Esther

デュルニッツ男爵という音楽愛好家ってどんな人だったのかとても気になります。その人のためにあんなに美しいソナタを書いたのですからね。わたしもデュルニッツ・ソナタ大好きです。ちょっと難しいけれど。
by Esther (2010-06-26 14:50) 

アマデウス

Estherさん!こんにちは~☆
再コメありがとうございます!
1番から6番までのソナタはそれぞれが特徴のある優美さを持ち傑作ぞろいですよね★ご承知の通り、これらの連作はモーツァルトがフォルテ・ピアノという現在のピアノの前身である「弦を打って音をだす鍵盤楽器」に出会い、それまでに弾いていた爪が弦をはじいて音を出す撥弦鍵盤楽器であるクラヴィーア(チェンバロ)と比べピアノとフォルテが幅広く出せるなどの特徴を把握し、ピアノ・ソナタという新しいジャンルを研究しつつ、作曲したものであるとされています★デュルニッツ男爵(ファゴットを奏した)の注文が契機となってこれら連作が作曲されたわけですが、モーツァルトと新しい鍵盤楽器であるフォルテ・ピアノの出会いがこれら素晴らしい連作を生むことになったわけですね★引き続きピアノ・ソナタお楽しみ下さい★

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